秋のウエルネス.六義園と小石川後楽園を訪ねて

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10月3日(金)、秋晴れの下、2ケ所の大名庭園巡りに途中から参加する。12時過ぎ駒込駅に着き人に聞きながら、六義園に向かう。レンガ造りの正門を入り皆なの後を追う。写真、ビデオを撮りながら、美しい回遊式築山泉水の庭園を巡って行く。天気もよく歩く打ちに汗ばんで来た。前方に人の声がしてき、見ると、八王子の皆さんでした。丁度辻さんより説明を聞いている最中だつた。今回の参加者は、先日の卓話者、辻氏、茂木さん、眞野夫妻、調さんと知り合いの中山さん、松本さん、橋本さん、吉原の9人でした。辻氏の説明も中身の濃い話しで飽きず時間が足りない位でした。つまり、五代将軍.徳川綱吉の信任が厚かった、川越藩主.柳沢吉保が元禄15年(1702)に築園した和歌の趣味を基調とする大名庭園であることが解った。1.内庭大門、2.出汐の湊、3.妹山.背山、4.臥龍石.5.蓬莱島、6.石柱、7.滝見の茶屋、8.つつじ茶屋、9.藤代峠、園内で一番高い築山で、標高は35m、頂きは富士見山と呼ばれ、素晴らしい眺めです。(写真左一番上)10.蛛道、11.渡月橋等を見て回る。ここで、昼の時間がせまり急いでレストラン「ビストロ.オ.ラ.ラ」に入る。ワインを飲みながらの美味しい洋定食で話も弾み楽しい一時であった。次に、地下鉄に乗り飯田橋で下り歩いて小石川後楽園に行く。ここでも、辻氏の話を聞きながら、水戸黄門ゆかりの大名庭園を見て回る。この庭園は江戸時代初期、寛永6年(1629)水戸徳川家の祖である頼房が、その中屋敷(のちに上屋敷となる)として造ったもので二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。庭園の様式は池を中心にした回遊式築山泉水庭になっています。光圀は、造成に当たり明の遺臣朱水の意見を用い、円月橋、西湖堤など中国の風物を取り入れ、中国趣味豊かな庭園です。写真の円月橋は水面に映る形が満月のように見えることからつけられた名称で、明の儒学者朱水による設計といわれて、得仁堂とともに当時の姿を留める貴重な建造物です。そして、池を眺めながらベンチで皆休憩をし今日の余韻にしたりながら、辻さんからの美味しいお菓子を頂いてここで解散をした。両庭園ともこれからの紅葉が綺麗だと思います。参加の皆さんどうもお疲れ様でした。

 

 

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吉原さん
早速の報告、有難うございます。少々遅れての参加でしたが、私が聞き漏らしていた事柄も詳細に記述されて、参加できなかったメンバ-にも良く解るような解説だと思います。両園とも私にとっては初めての訪問でしたが、辻 先生の話を聞きながらの散策は、これから四季折々に、訪ねるに充分価値のある大名庭園でした。辻 先生は歴史を深く研究された方でさらに表には見えない柳沢吉保や徳川光圀の庭園作りの心まで研究され、とても迫力のあるウェルネスでした。小石川後楽園での、江戸城を出て日本橋を渡りさらにうっそうと繁る木曽路をぬけると木々の端々から琵琶湖が見え始め、峠を折りきった琵琶湖の前の紅葉林の木陰で一服するという現代人の我々にはとても思いつかない構想を庭造りに組み入れた先人の造詣の深さに感銘を受けました。

秋のウエルネスは、好天に恵まれ、吉原さんの詳しい説明に有るように、楽しく満足した一日を過ごしました。茂木さんや、辻さんの強力なお力添えを頂いて中身の濃い、二つの名勝めぐりでした。辻さんは、説明の傍ら、四季折々に撮られた写真をフアイルから選んで臨場感を持たせてくださり、8月に聞いた話が生きていて感銘を受けました。松本さんも最後まで頑張り、友人の中山さん達と良い友達の輪ができ彼女もYsの素晴らしさを語っていました。これが又入会のきっかけになれば・と願っていますが...
 

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このページは、吉原俊雄が2008年10月 3日 22:22に書いたブログ記事です。

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