吉原俊雄: 2008年10月アーカイブ

10月27日(月)秋晴れの元、チャリティ精神にのつとりゴルフに参加して見ました。前田さん(山手クラブ)、御園生さん、(東京たんぽぽ)関さん(11月に東京クラブ入会予定)、と私の4人で、8時1分インコースからスタートしました。(総勢129名でイン、アウト貸切り同時S)場所は入間郡越生町の入間カントリー倶楽部、このコースは距離はそう長くないがアツプダウンが厳しく、綺麗で難しいコースだった。

同じワイズ仲間で、仲良く、楽しく、プレイーし、前半のショートホールではワンオンしないと、1.000円を寄付した。(4人誰も乗らずで)平らな所が少なくボールコントロールが難しくスコアーが纏まらない内に、終わる。(10.30分)昼食は楽しく反省をして後半に期待をして過ごした。

アウトは11時16分スタート、今度は広いドライバーを思いきり振る、身体もほぐれれてくる。皆の気心も解りお喋りも出る。人数が多いせいか、チャリティなのか、朝早く眠いし、今一つ集中出来ず。スコアーも前半より悪く、雨がぱらつき始め、4人とも足取りも重く終わった。(14時近く)

16時からパーティーが始まる。大会実行委員長持田二郎様、埼玉YMCA総主事葉原道子様達等の挨拶に引き続き表彰式に入る。優勝はグロス88ハンディ20.4の67.6. 準優勝はグロス104ハンディ33.6の70.4. 3位はグロス79ハンディ8.4の70.6であり、ベスグロは何と74であつた。(私ははずかしながらグロス109、ハンディ25.2の83.8で100位の飛び賞に近くの98位でした。残念

そして、今回の目玉商品は実行委員長賞の「グアム島ペア宿泊券」のジャンケン大会を行い、東京西クラブの大野会長が見事勝ち取りました。本日のチャリティlのお金は550,000円集まる。最後にこのお金は、4人の地元福祉関係の人達に渡され、夫々の方の挨拶があり無地終わった。

                  

10月16日(木)あずさ部以外の例会に一人で出席して見ました。(8クラブめです)東西線の木場駅から歩き始めたのはよかつたですが、携帯で聞き、また途中で女性の方に聞き教えていただき着いた所が、何と東陽町のワイズクラブでした。1時間も余裕を見て出ましたが、中々着かずここで電話をしていただき、立田さんに車で向いいただき、やっと着いたのが定刻1分前で滑り込みでした。ここで、山崎会長、藤井幹事、太田さんに挨拶する。会も男だけの集まりで、他の例会と違い皆ネクタイ姿で(後で聞いた所原則ネクタイ着用との事で、今回私に連絡せずとの事で認めていただきました)、サラリーマン時代を思いだして会議のようで懐かしかつたです。会の進行も司会、会長、各担当の挨拶も手短でスムーズでよかつたです。近く江東区内の祭りがあるため焼きそば等を作り販売するとか、収益金は会に入れる話しです。皆元気で面白かつた。(昨年は約20万の収益金あり)そして、2009年はクラブ50周年とゆうことで、式典の行事につき、担当からの説明がありました。(ビジターにも出席依頼がありました)所属部の中で3番目に平均年齢が若い事もあり、また、50周年とゆう重みと余裕が感じられました。卓話はクラブの酒向(さこう)さんが「地震と震災そして防災を考える」と題して話されました。(11月のブリテンに載せておりますのでそちらをどうぞお読み下さい)スマイルも手を挙げお金を入れ話をする方式で楽しかつたです。面白いのはバッチを付け忘れても罰金として集めてました。会も山崎会長の閉会点鐘で定刻に終わる。次の懇親会も皆が参加し元気で賑やかに飲み大声で話をして、私しも話ができまた藤井さんとも会話が弾み充分楽しめました。

10月の他例会に参加。

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10月8日(水)、東京武蔵野多摩ワイズメンズクラブ例会に出席した。当日は長谷川さんに案内頂き八王子からは二人でした。ここは、あずさ部宮内部長の所で、一度訪問したいと思いました。富士山例会でお合いしました林会長とも挨拶でき、ゲスト、ビジター含め15名が出席しました。林会長の開会点鐘に始まり、ワイズソングと一連のプログラムも進み、今日の卓話は、公文(くもん)健太郎氏です。「ネパールチャオコット村、人々の暮らし」と題して、プロカメラマン。宮内部長の娘婿さん。学生時代に訪問したネパールに魅せられて、現地のありのままの暮らしを沢山の写真を見ながら話を聞くことが出来ました。場所はカトマンズより30キロ南の集落に下宿し日本と行き来して人々たちと接する内日本の昔の長閑な雰囲気を気に入り、住みながら写真活動を始めた。先ず身近な風景を、山、麦菜の花、等農村の景色を撮る。この国は女性が働き手であり、男は出稼ぎとかお茶を飲んでいる話しで余り働かないようだ。次に身近な家族を顔を中心に撮り始めた。子供の表情がやはりそこに住みながら撮り自然でかわいく、成長の様子が良く解る。この他女性達の働く姿等よかつた。農作業も手作業で行い、今の日本見たいに機械はなしで水牛で行う話し、(牛は神聖なもとされ大事にされるが水牛は農耕に使われる) そして、宗教、生活のばにある石、木等神さまとして崇拝することで、感心させられた。最後に公文氏がプロノカメラマンで行きたいと思わせたきつかけはここで出合つた一人の女性で、頭の良い子であり気にしていた。やがてお嫁に決まり公文氏も知らず驚いたが、彼女の大事にしてることは、大地の花になりたいとゆうこと、どの様に生きるか、金持ちになれなくても、上の学校に行かず結婚して、家族の労働力とし自分を犠牲にして働いても、足元にある小さな物を大事にして生きていくとゆう話しを聞き、感銘を受け、プロのカメラマンとしてやろうと決心したそうです。私の感想は写真の中の情景が素朴で長閑で子供の目の輝きと自然の美しさが終わっても目焼きつき、楽しかつたです。      

 

 

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10月3日(金)、秋晴れの下、2ケ所の大名庭園巡りに途中から参加する。12時過ぎ駒込駅に着き人に聞きながら、六義園に向かう。レンガ造りの正門を入り皆なの後を追う。写真、ビデオを撮りながら、美しい回遊式築山泉水の庭園を巡って行く。天気もよく歩く打ちに汗ばんで来た。前方に人の声がしてき、見ると、八王子の皆さんでした。丁度辻さんより説明を聞いている最中だつた。今回の参加者は、先日の卓話者、辻氏、茂木さん、眞野夫妻、調さんと知り合いの中山さん、松本さん、橋本さん、吉原の9人でした。辻氏の説明も中身の濃い話しで飽きず時間が足りない位でした。つまり、五代将軍.徳川綱吉の信任が厚かった、川越藩主.柳沢吉保が元禄15年(1702)に築園した和歌の趣味を基調とする大名庭園であることが解った。1.内庭大門、2.出汐の湊、3.妹山.背山、4.臥龍石.5.蓬莱島、6.石柱、7.滝見の茶屋、8.つつじ茶屋、9.藤代峠、園内で一番高い築山で、標高は35m、頂きは富士見山と呼ばれ、素晴らしい眺めです。(写真左一番上)10.蛛道、11.渡月橋等を見て回る。ここで、昼の時間がせまり急いでレストラン「ビストロ.オ.ラ.ラ」に入る。ワインを飲みながらの美味しい洋定食で話も弾み楽しい一時であった。次に、地下鉄に乗り飯田橋で下り歩いて小石川後楽園に行く。ここでも、辻氏の話を聞きながら、水戸黄門ゆかりの大名庭園を見て回る。この庭園は江戸時代初期、寛永6年(1629)水戸徳川家の祖である頼房が、その中屋敷(のちに上屋敷となる)として造ったもので二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。庭園の様式は池を中心にした回遊式築山泉水庭になっています。光圀は、造成に当たり明の遺臣朱水の意見を用い、円月橋、西湖堤など中国の風物を取り入れ、中国趣味豊かな庭園です。写真の円月橋は水面に映る形が満月のように見えることからつけられた名称で、明の儒学者朱水による設計といわれて、得仁堂とともに当時の姿を留める貴重な建造物です。そして、池を眺めながらベンチで皆休憩をし今日の余韻にしたりながら、辻さんからの美味しいお菓子を頂いてここで解散をした。両庭園ともこれからの紅葉が綺麗だと思います。参加の皆さんどうもお疲れ様でした。

 

 

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